2016.04.29メディア出演・掲載など
年3500万円の抗がん剤、患者負担は約3%で残りは公的負担というホラー
抗腫瘍薬「オプジーボ」(小野薬品工業のプレスリリースより)
画期的な作用機序をもつ「免疫チェックポイント阻害薬」
これまでになかったメカニズムで抗がん作用を示す、「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれるオプジーボ(小野薬品工業(株)、一般名:ニボルマブ)が話題だ。
ざっくり言えば、オプジーボはがん細胞をアポトーシス(細胞死)へと導く役割を持つ「活性化CD8陽性T細胞」ががん細胞によって不活性化(無効化)されにくくすることで、患者自身がもつ免疫力を高める機能を持っているというところが、がん細胞に直接的な攻撃を仕掛けて増殖を抑えて死滅させていた従来の抗がん剤と違う点である。
有効例では持続効果が長いことや、今のところは食欲不振や疲労感の他、数項目の副作用はあるものの、重篤な副作用の発現頻度は他の化学療法よりも低いとの報告があり、既存の抗がん治療を受けていた患者にとっては「夢の特効薬現る!」といきたいところだが、臨床で用いられて日が浅いことから今後予期せぬ副作用が発現する可能性もあるので、楽観視は出来ない。
また未知の副作用の心配もさることながら、もっと大きな問題が横たわっていた。
年間費用は3500万円(2018年5月現在、約1500万円に)
オプジーボは2014年9月に根治切除不能な悪性黒色腫(メラノーマ=皮膚がんの一種)への適応を承認され、さらに2015年12月には切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌への効能が追加承認された。
ここにきて医療従事者だけでなくにわかに巷間の衆目を集めた理由は、この薬をがん治療に用いた際にかかる莫大なコストだ。
この問題を提起された、日本赤十字社医療センター化学療法科部長の國頭英夫氏(専門は胸部腫瘍、臨床試験方法論)の試算によると、体重60kgの患者が1年間、オプジーボを使うと年3500万円の費用がかかる。
氏は追加承認された非小細胞肺癌の患者数を約10万人強と推定。早期がんなどを除き、オプジーボの対象になる人を5万人程度に対して1年間投与すれば3500万円×5万人で、1兆7500億円となる計算だ。
2013年度の国民医療費、約40兆円のうち薬剤費は約10兆円なので、いきなり2割近くもの薬剤費が跳ね上がる。医療費や薬剤費は約4分の1が国家予算に占める社会保障費で賄われているので、単純に考えても4000〜5000億円レベルの影響が出るということになる。
新薬の価格(薬価)はどう決まるのか?
ところでこの問題は、オプジーボに設定されている超高額の薬価に端を発していることが明らかだ。
新しい薬が開発された際の薬の価格(薬価)は、既存の類似薬が無い場合は、厚生労働省中央社会保険医療協会(中医協)にて定められた、「原価計算方式」と呼ばれる方法で薬価を算定される。下図シミュレーションを参照のこと。
中医協資料:[薬-1-2/23.6.22] p.4「原価計算方式による新医薬品の薬価算定」
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001geji-att/2r9852000001geo8.pdf
※2015年4月現在、注4の営業利益率は16.2%、既存治療と比較した場合の革新性や有効性、安全性の程度に応じて、平均的な営業利益率の-50%~+100%の範囲内の値を用いることとなっている。(出典:2015/03/20 m3.com 医療維新レポート)
ここで気になるのは、原価計算方式による薬価算定時に用いられる営業利益率の高さだ。図表8にあるように、全製造業の売上高営業利益率が毎年約5%程度で推移しているのに比べて、医薬品製造業のそれは毎年約3倍だ。
日本大学商学部教授の高橋史安氏(専門は原価計算、管理会計)の論文には、会計学者醍醐聡氏の図表を引用して次のようにあった。
図表8では医薬品・化粧品等卸業、スズケンの収益性を分析し、医薬品・化粧品等卸業の売上高総利益率は全製造業の水準を下回り、医薬品製造業よりも格段に低い水準にあること、さらに売上高営業利益率は1%台という薄利の状況を分析している。醍醐は、以上の結果から「わが国の医薬品の価格水準を決定する主たる要因は医薬品卸売業から医療機関に納入される際の値決めにあるのではなく、その前段階の医薬品メーカーから医薬品卸売会社に販売される際の医薬品の値決め(仕切価格)にあるといってよく、この段階で製造原価との対比で異例ともいえる高い水準で値決めがされていることが、保険医療機関が社会保険診療報酬支払基金や国民健康保険団体連合会に請求する薬剤料を高騰させる決定的要因になっている」と指摘している。
高橋史安「わが国における薬価原価計算の現状と課題」p.118-119
元々ずば抜けて営業利益率が高い業界に、さらに(16.2+α)%の加算をつけるというのはずいぶん大きい。
オプジーボの場合は薬価収載時、従来の抗がん剤とは異なる免疫機能を高める作用機序で既存薬に対する優位性などが評価され、原価計算方式の営業利益率としては過去最高の60%もの加算をつけられた。
当時はメラノーマのみにしか適応が無かったが、適応が拡大して患者数が爆増した今となっては、この薬価はもはや適切とは言えないにも関わらず、次ような報道があった。
国と製薬会社、高額薬めぐる攻防 引き下げルール化に米業界反発「1日延命 いくら払えるか」
「企業の立場は理解するが、国民皆保険を維持する仕組みとして、のみ込んでほしい」
平成28年度予算案の編成を目前にした昨年末、処方薬や治療の価格を決める国の会議(中央社会保険医療協議会=中医協・薬価専門部会)で、売れすぎた薬の価格を引き下げるルールが決まった。
〜中略〜
新薬の価格設定は年4回、製薬会社と厚生労働省の間で行われる。
製薬会社は新薬に高い価格をつけたい。国は、企業に開発費を回収してもらいつつ、なるべく安い価格をつけたい立場だ。双方の折り合いがつかず価格がつかなければ、患者は次のタイミングまで、治療の選択肢を失いかねない。
特に難しいのが、他に比較する対象のない革新的な薬の価格決定だ。開発にかかった費用などを、売れる見込みの薬剤数で割り、そこに1剤ごとの材料費を足すのが基本。患者予測数が少ないと、単価は上がる。
「オプジーボ」もそんな薬だ。2年前、皮膚がんの一種「悪性黒色腫」の薬として登場。患者予測はピーク時でも470人と少なく、高単価となった。1年半後、非小細胞肺がんに適応が拡大されたため、患者数は2桁も変わり、財政インパクトが一気に膨らんだ。
今月13日に開かれた中央社会保険医療協議会。出席した委員から、オプジーボを念頭に値下げを求める意見が相次いだ。オプジーボは4月に適用された価格引き下げの新ルールの対象品目ではない。次の見直し時期は2年後だ。
日本医師会の中川俊男副会長は「適応が拡大された際に薬価を見直す仕組みにできないか。早急にルール変更をお願いする」と要求。
2016/04/28 産経新聞
雑感
日本には国民皆保険制度の他にも高額療養費制度というものがあり、年収が約770万円未満の患者の自己負担限度額は年間100万円程度で済むのだが、例えばオプジーボを用いる場合は総額3500万円の3%も満たさず、残りの97%は全て公的負担ということになる。
「夢の高がん治療」に惹かれて安易にこれを国費に頼れば、間違いなく日本は沈没する。
本稿では超高額の医薬品や新薬の薬価算定方法のごく一部にフォーカスしたが、常に医療費の問題の根底にあるのは、私たち国民全員がメーカーや医療の担い手、厚労省、または患者といったそれぞれの立場で我田引水の施策を続けた挙句に招いてしまった圧倒的な財源不足である。
今やとっくに日本の国民皆保険制度=保険財政が破綻の危機に瀕していることを、私たちは認識しておく必要があるだろう。
続編を書きました(11/16 緊急値下げ決定)
リンク先に価格の推移も併記してあります。
年間3500万円?高すぎると批判を浴びたがん治療薬「オプジーボ」の価格を厚労省が引き下げる理由
⇒ https://045310.com/nivolumab-emergency-price-cut/
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